140万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2017年10月6日金曜日

小澤優子文化交流サロン3


我が国では、弘法大師の5、6歳像である稚児大師像や、聖徳太子の2歳像である南無仏太子像、16歳像である孝養像など、すぐれた宗教者の幼児や童子の姿が好んで造形化されてきました。聖徳太子には12歳像もあったと思います。その根底には、子供純真観、幼児聖性観があったというのが私見です。

もちろん、幼児に聖性を見出すのは、日本に限りません。例えば西欧のキリスト教美術では、キリストの幼年時代が重要なモチーフとなっています。キリスト誕生以前の受胎告知から、降誕を経て、キリストの洗礼以前までの諸場面です。

また広く仏教美術においても、麻耶夫人の右腋の下から生まれると、7歩進んで、「天上天下唯我独尊」と宣言した釈迦の姿は、誕生仏として造形化されてきました。これらの背景に、幼児聖性観があったことは、疑いを容れません。稚児大師像も誕生仏とまったく無関係ではないでしょう。

0 件のコメント:

コメントを投稿

江戸東京博物館「江戸博×出光コレクション初共演 浮世へのいざない」6

   伊勢地方では、昔松阪町殿町に住んでいた徳川紀州藩士、継松栄治がカワラナデシコ(カラナデシコの誤り?)を栽培していたところ、偶然花弁の長い変種が発現した。これを改良したのが伊勢撫子のはじめと主張する 人 もある。  嵐冠十郎が持ち上げているのは イセナデシコ じゃ ~ ありま...