100万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2017年6月1日木曜日

国華「田能村竹田の勝利」とエルヴィス・プレスリー2


しかし、封建社会というシステムの側からではなく、竹田の心理的内面にまで分け入ってみれば、まったく反対の結論にも導かれるのではないでしょうか。竹田に軽蔑唾棄された俗物や、遁走された岡藩こそ、実は敗者だったのです。

長年思ってきたこんな見方から、このたび『國華』1459号に、「田能村竹田の勝利」と題する拙文を寄稿しました。もちろん、恐れ多くも、吉澤先生に対する反論などではありません。

先生は「田能村竹田の敗北」を、「このような日本の芸術家がたどらなければならなかった悲しい運命の一つの型を、わたくしたちは、いわば渡辺崋山とは対蹠的に、竹田に見ることができるのではないだろうか」という疑問形で結んでいます。これに答えた僕のアンサーエッセーが、「田能村竹田の勝利」なのです。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿

静嘉堂文庫美術館「元禄!師宣劇場」2

  そして このたび吉田恵理さんが軸木の「元禄六年 酉ノ三月廿九日 」という決定的証拠を発見 、 この 特別展 開催を決定的に したのです 。 師宣が没したのは元禄 7年6月4日ですから、確かに師宣在世中の制作であり、元禄5年から6年にかけて描かれたのでしょう。そう思って見れば見...