100万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2017年6月1日木曜日

国華「田能村竹田の勝利」とエルヴィス・プレスリー2


しかし、封建社会というシステムの側からではなく、竹田の心理的内面にまで分け入ってみれば、まったく反対の結論にも導かれるのではないでしょうか。竹田に軽蔑唾棄された俗物や、遁走された岡藩こそ、実は敗者だったのです。

長年思ってきたこんな見方から、このたび『國華』1459号に、「田能村竹田の勝利」と題する拙文を寄稿しました。もちろん、恐れ多くも、吉澤先生に対する反論などではありません。

先生は「田能村竹田の敗北」を、「このような日本の芸術家がたどらなければならなかった悲しい運命の一つの型を、わたくしたちは、いわば渡辺崋山とは対蹠的に、竹田に見ることができるのではないだろうか」という疑問形で結んでいます。これに答えた僕のアンサーエッセーが、「田能村竹田の勝利」なのです。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿

東京都美術館「再興第111回 日本美術院展覧会(院展)」4

  それが奇縁となって、このたび日本美術院の外部から意見を述べつつ応援するような役目を仰せつかりました。上野精養軒で開かれたレセプションで挨拶を求められた僕は、日本美術院との関係を3つ述べてそれに代えることにしました。もちろん一つは先の前田青邨顕彰 中村奨学 会と中村賞ですが、 ...