100万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2017年4月29日土曜日

静嘉堂文庫美術館「挿絵本の楽しみ」5


先日アップした尻焼猿人こと酒井抱一の一首「御簾ほどになかば霞のかゝる時 さくらや花の王と見ゆらん」ついて一言……。この「御簾」は「すだれ」の尊敬語としての御簾ですが、「見る」の尊敬語である「見す」と掛詞になっています。

御簾を通してご覧になったときのように、ちょっと霞にかすんで見える時こそ、桜も花の王様のように感じられます――と抱一は言っているようです。

  不埒 もろともにふりぬるものは書出しとくれ行としと我身なりけり

  面倒 色香にはあらはれねどもなま鯛のちとござったとみゆる目のうち

 面倒の「ござる」は腐る意だということを、法政大学の小林ふみ子さんに教えてもらいました。色や臭いに現れるほどではないけれども、目を見ると、ちょっと生きが悪くなっちゃっているということがよく分かる――といった意味でしょう。不埒の方は、73歳の僕にとって、分かりすぎるほどよく分かるのです!?
                                              (2017年5月13日改稿)

0 件のコメント:

コメントを投稿

饒舌館長の光琳論をヨイショしてくれた「光琳派」展が根津美術館で開催中です!! 11

    たとえば大変珍しいモチーフである棕櫚が、「花木真写」のなかに見いだされるのです。 始興が「花木真写」を見ていた可能性はとても高いように思われます。たとえ見ていなかったとしても、家煕文化圏において棕櫚に対する興味が湧き起こっていたことは間違いありません。 そこには実証主義的...