C勅使河原純『菱田春草とその時代』(六芸書房 1982)
そこへ提出されたのが、春草の「寡婦と孤児」であったのだ。少なからず世を憚る、戦争批判の臭いをもったこの作品に対して、岡倉校長は躊躇なく優等第一席の評価を下した。いわゆる戦争画、それも血の流れている場面などを特に喜んだといわれる一般の趣味とは、およそ対照的な態度である。岡倉は決して戦争画を認めず、弟子達にも描くことを許さなかった。この点で彼の立場は一貫し、生涯決して揺れることはなかった。
しかし平安時代前期が終わり、遣唐使が廃止されて国風文化が成熟してくると、梅と桜の人気は逆転、「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」と詠むような桜狂 さくらきちがい がたくさん出現することになります。 もちろん、桜を賞美する花見は高位貴顕の人々に限られていましたが、...
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