2025年3月7日金曜日

『漢詩花ごよみ』春7

 

日本人がワラビを詠んだ詩はないものかとネットで調べたところ、後花園天皇が室町将軍・足利義政を批判する七言絶句に逢着しました。しかもそれが葉室麟の『古都再見』に詳しく書いてあることも判りました。ITのお陰で便利な世の中になったものです。

義政といえば、かの東山文化を創出しリードした将軍ですが、その治世下にあって人々は大変苦しみました。とくに長禄・寛正かんしょうの飢饉の際、その艱難辛苦かんなんしんくは頂点に達し、都は阿鼻叫喚あびきょうかんの巷ちまた、いや、地獄と化しました。しかし義政はまったく無関心で、高尚なる文化にのみ心を寄せ、連歌や能や茶や唐絵に優雅な日々を送っていました。それを後花園天応は漢詩をもって戒めたのです。

林屋辰三郎先生グループが編集した『京都の歴史』3<近世の胎動>(学芸書林)をかつて読んで、長禄・寛正の飢饉は記憶に残っていましたが、後花園天皇の詠歌はまったく忘れていました。葉室麟はこれを現代日本の政治と重ね合わせて、「首陽の蕨」と題する一文を終えています。


2025年3月6日木曜日

『漢詩花ごよみ』春6

 

『漢詩花ごよみ』の項目では「薇」となっていますが、「蕨わらび」のことだそうです。といってもワラビを直接詠んだ詩ではありません。中国古代、殷の処士であった伯夷・叔斉兄弟の有名な故事に登場するワラビ、つまり象徴としてのワラビなんです。

のちに周王となる武王が、殷の紂王ちゅうおうを討とうとしていることを知った伯夷・叔斉は、臣が君を弑しいすることの不義を諌めましたが聞き入れられませんでした。やがて武王は紂王を討ち、天下を統一しましたが、兄弟はその俸禄など受けることを潔よしとせず、洛陽郊外の首陽山に隠れました。

しかしそこに生えていたのはワラビだけ、兄弟にはそれしか食べるものがなく、やがて二人とも餓死してしまいました。これは堅忍不抜、清廉潔白という人間としての徳をたたえる有名な伝説で、初唐・王績の「野望」はそれを踏まえているんです。ですから秋の詩に、早春のワラビが登場しちゃうんです。


2025年3月5日水曜日

『漢詩花ごよみ』春5

 

薇(蕨)――初唐・王績「野望」

暮れ方 岡から野をながめ

  「ぶらぶら遠くへ行きたいな」

  木々はこれみな秋の色

  山々 夕日にまっかっか

  牧童 子牛と帰り来る

猟師も獲物と馬に乗り……

  見回したけど友もいず

  ワラビで餓死した兄弟を 静かな歌で弔った


2025年3月4日火曜日

『漢詩花ごよみ』春4

 

菜の花――范成大「晩春田園雑興」

  チョウチョが仲良く飛んできて チョッと隠れる菜の花に

  春の一日うらうらと 農家 訪ねる客もない

  鶏にわとり垣根を飛び越えりゃ 犬は穴から吠え立てる

  きっとお茶の葉 仲買なかがいが 仕入れるために来たんだろう

南宋・范成大「田園雑興」60首のなかで一番好きな1首――だから中国語で暗唱できるんです。口演で蝶々の絵が出てくると、必ず「フ―ディェシュァンシュァンルーツァイホァ……」とやり、終わると「ここで拍手が起こるものですが……」といって笑いをとるんです。いつも聴いている方は、「またやってるわ~」と白けていますが( ´艸`)


2025年3月3日月曜日

『漢詩花ごよみ』春3

 

 渡部英喜さんの『漢詩花ごよみ』には、春の花をモチーフにした詩が14首ほど採られていますが、その最初が先に紹介した「梅」の「夜直」です。夜直は宿直のこと、半世紀前の東京国立文化財研究所時代を思い出します( ´艸`) これに続く水仙、菜の花、薇(蕨)、款冬(蕗の薹)を紹介することにしましょう。水仙を自画賛として詠んだのは我らが夏目漱石です。大正元年(1912)の『漱石日記』に「山水の画と水仙豆菊の画二枚を作る」と出てくるそうです。

水仙――夏目漱石「自画に題す」

  独り座って鳥を聴き  世俗 謝絶し門を閉ず

  南の窓辺 変わりなく  水仙 写生す閑ひまゆえに

2025年3月2日日曜日

『漢詩花ごよみ』春2

梅――王安石「夜直」

  金の香炉の香 尽きて かすかに聞こえる水時計

  風音たてて吹く微風 時々止むけどうそ寒い

  春の愁いが募り来て 眠ることさえ出来ません

  月は西へと傾いて 欄干に射す梅の影

 

2025年3月1日土曜日

『漢詩花ごよみ』春1

 

 いま梅が満開です。紅梅、白梅、ときどきピンク梅というのもあり、後期高齢者の散歩に色香を添えてくれます(´艸`) 梅をたたえた詩歌はゴマンとありますが、渡部英喜さんの『漢詩花ごよみ 百花譜で綴る名詩鑑賞』(亜紀書房 2017年)にしたがい、中国は北宋の政治家にして文人、王安石が梅を詠んだ七言絶句を紹介することにしましょう。原詩には「花影」とあるだけですが、日本語で「花」といえば桜のことですから、マイ戯訳ではズバリ「梅の影」としてみました。

蘇東坡の「春宵一刻直千金」と双璧をなす詩だそうですが、確かにすごくいい!! 渡部英喜さんの『漢詩歳時記』『漢詩百人一首』については紹介したことがあると思いますが、この『漢詩花ごよみ』を加えて渡部漢詩三部作と呼ばせてほしいのです!!

『漢詩花ごよみ』春7

  日本人がワラビを詠んだ詩はないものかとネットで調べたところ、後花園天皇が室町将軍・足利義政を批判する七言絶句に逢着しました。しかもそれが葉室麟の『古都再見』に詳しく書いてあることも判りました。 IT のお陰で便利な世の中になったものです。 義政といえば、かの東山文化を創出...