2026年4月29日水曜日

饒舌館長の光琳論をヨイショしてくれた「光琳派」展が根津美術館で開催中です!! 12

 


 その棕櫚が「花木眞寫」に見出されることは、何と興味深いことだろうか。言うまでもなく「花木眞寫」は、豫樂院近衛家熙 (一六六七一七三六)の筆になる植物寫生圖巻である。すでに源豊宗・北村四郎編『近衞豫樂院御畫 花木眞寫』(淡交社 一九七三年)があつて、私たちは大きな恩恵を受けてきた。北村氏は植物學的に見てきわめて精確であり、有名な『カーチスの植物學雑誌』と比較しても劣らないという。しかもこの雑誌は十八世紀後半の出版というから、「花木眞寫」は半世紀も先行することになる。とくに北村氏は、十六歳年長であった家熙から始興の方が影響を受けた可能性を推定しているが、卓見というべきであろう。


また源氏は、「花木眞寫」に家熙の悟性的志向を見抜いた。それが一つの時代精神であつたとはいえ、家熙は藝術にまでそれを實現した先駆者であり、十八世紀京都畫壇の活況は彼よつて準備されたことを指摘した。そして「花木眞寫」の制作時期としては、家熙が落飾して法名を眞覺と稱した享保十年(一七二五)頃を推定したのである。

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