柳田國男は名著『蝸牛考』において、言葉の古層は周辺に残るという方言周圏論をとなえました。箏の場合も柳田の大発見を敷衍して考えたい誘惑に駆られるのです。すでに誕生の地では失われてしまった多くの唐文化が、あるいは宋文化が我が国に遺っていることを、僕は誇らしく、そしてうれしく思うのです。
もう一つ興味深く感じたのは、『箏と箏曲を知る事典』に「一弦琴いちげんきんと二弦琴は日本で作られたもの」とある点です。一弦琴の創始時期はよく分かりませんが、現在の形は江戸時代にできた可能性が高いようです。また二弦琴は江戸時代の後期に、中山琴主ことぬしと当道とうどう箏曲家・葛原勾当くずはらこうとうによって作られたそうです。当道とは盲人の官位を管理し、その仕事を保全する組織で、江戸時代には大きな力をもっていました。
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