それはかの5代将軍徳川綱吉により行なわれた生類憐みの令でした。動物愛護と質素倹約という「正しい理念」の違いがあるだけで、その悪影響はとてもよく似たものでした。先にアップした南畝の予感が、現実のものとなったのが生類憐みの令でした。一言でいって、ともに悪政だったのです。生類憐みの令はいうまでもありませんが、寛政の改革も悪政でした。少なくとも南畝にとっては……。
生類憐みの令はかつて行なわれた悪政でした。いや、かつてどころの話じゃ~ありません。ジャスト100年前だったんです。
ところが 、 澁澤栄一が 数え 92歳の天寿をまっとうして 没したのは昭和 6年 1931 のこと な ん です 。単行本『旧聞日本橋』が出版されたのは、澁澤栄一が亡くなってから4年もあとのこと だったのです 。 しかし 栄一が活躍した時代を暗示するため、澁澤青さんは『旧聞日...
昨日の芦雪展で楽しいお話ありがとうございました。
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