こういう芸当ができるのは、島尾さんにとって、水墨画が単に眺めたり考えたりする対象ではなく、骨肉化しているからです。画論を読んで机上の空論を組み立てるだけじゃ~ありません。作品を見て、印象批評を述べるだけじゃ~ありません。
「おわりに」には、「『画けない』私が、技法や画材についてある程度のことを書けるのは、さまざまな場を通じてお知り合いになった画家と書家の方々、そして広島・熊野町、越前和紙の中心地・今立や、墨作りの奈良などの、文房四宝の制作者のご教示のお陰である」と書かれています。
島尾さんはこれらの方々と親しく交流されていらっしゃいますが、これなくして「骨肉化」はなかったでしょう。
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