こんな風にいつものごとく戯訳をつけてみましたが、「年々春至願春留 春去無声只合愁 夫婿封侯倘無分 閨中少婦豈忘羞」という七言詩の意味が正しくとらえられているかどうか、自信がありません。しかし、この詩が長い伝統をもつ閨怨詩の系譜に連なる、近代のみごとな閨怨詩であることは確かだと思います。
とくに僕が思い出すのは、やはり盛唐の詩人・王昌齢の「閨怨」ですが、斉白石もこれからインスピレーションを得たのではないでしょうか。これまた戯訳で掲げておくことにしましょう。
日を送る閨[ねや]――若き妻 とくに心配事もなく……
春の一日化粧して 青き高殿 登りたり
路傍の柳ふと見れば 芽吹いているよ 青々と
出世のため夫[せ]を戦場に 送りしことが悔やまれる
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