G高階秀爾「大観と富士」(『日本人にとって美しさとは何か』河出書房 2015)
かつて大観にとって、富士はつねに祖国日本の象徴であった。代表的な例は、《日出処日本》と題された大作である。この作品は、昭和十五年(1940)、紀元二千六百年奉祝展の機会に描かれ、天皇陛下に献上されたもので、現在は宮内庁三の丸尚蔵館にある。画面右手に赤く輝く太陽があり、左の方でその日の出を迎える富士の気品に満ちた威容がある。清々しい雰囲気の名作と言ってよいだろう。だがその「日本」は、戦争によって消滅した、と大観は感じた。昭和二十一年(1946)、つまり敗戦の翌年正月の日本美術院での挨拶の草稿と思われる文章に「日本なき太平洋」という言葉が見える。
三千年の歴史は壊滅し、日本なき太平洋に対し私共は只々感慨無量であります。只独り東亜の芸術、力あり手こそ新しき日本建設の先駆となる事、此こそ再び世界に闊歩するのを堅く信じる者であります。
ここには、いったんは亡んだと思われた祖国を再び甦らせるには、「芸術」の力によるほかはないという信念、そしてさらに、自ら芸術による日本再建の任を担おうとする大観の強い決意がうかがわれる。
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