大学院生だった二十代のころ、こんな話を聞いたことがあった。京都の女子大で国文学を講じておられた或る老教授は、教室で和歌を一首、静かに詠み上げる。しばらく沈黙をおいたあと、「いいですなあ」と一言、感に堪えない声を発する。そうして次の歌に移り、また同じことを繰り返すのだという。
それこそ「いいですなあ」と言いたくなるお話ですが、僕が西洋美術史を教えていただいた吉川逸治先生もまったく同じでした。美術史の講義ですから、スライドを映しながら進めるわけですが、その係はもちろん学生です。
先生がお持ちになった35㍉スライドを、2枚同時にセットできる滑動式の装着器に入れて順番に映すんです。学生が最初の1枚をスクリーンに映し出すと、吉川先生はしばらく沈黙をおいたあと、一言「いいですねぇ、はい次」とおっしゃって、授業は厳粛にというか、静粛に進んでいくんです。

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