この饒舌館長「繭山龍泉堂『唐三彩』」を読んで、畏友・岡戸敏幸さんが小山富士夫先生のとてもいい文章を送ってくれました。去年アップした鹿島美術財団美術講演会「影の美術史」で講師をお願いした岡戸さんです。
小山富士夫先生――出光美術館理事長・出光昭介さんから思い出話をお聞きするたびに、一度お会いしておきたかった日本人だったという気持ちがいや増すのです。小山先生は昭和50年(1975)白玉楼中の人となられたわけですから、お会いしようと思えばお会いすることがかなった日本人なんです。
それが奇縁となって、このたび日本美術院の外部から意見を述べつつ応援するような役目を仰せつかりました。上野精養軒で開かれたレセプションで挨拶を求められた僕は、日本美術院との関係を3つ述べてそれに代えることにしました。もちろん一つは先の前田青邨顕彰 中村奨学 会と中村賞ですが、 ...
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